11.07.2008

お昼寝

お昼寝することを英語で "Take a NAP" 。


どこでもお昼寝出来るのもハワイの素晴らしいところだったりして。

ビーチの木陰も涼しくて良いお昼寝スポット。

心地良い風が吹いて、もう最高です。

そして、目線の先にはこんな綺麗な海!


11.06.2008

サムシング・グレート

今までにも、私はこのブログで宇宙の法則や宇宙の存在のお話をしました。

ロミロミマッサージで、なぜ宇宙?
ロミロミマッサージで、なぜ生き方?

と、繋がらず怪しげなイメージを持たれた方もいるかも知れません。

が、宇宙の成り立を考えると、生命が偶然の重なりではなく、宇宙の意思による必然の産物であるという考えは格別珍しいものではありません。
世界的に有名な遺伝子研究の権威である筑波大学の名誉教授村上和雄先生は、「サムシング・グレート」という言葉で、大いなる創造主の存在を名言されています。

先生によると遺伝子研究をしていると、この宇宙には人知を越えた不思議な意志が働いていてるとしか考えられなくなってくるといいます。

人間の細胞一個の中には、三十億もの遺伝子情報が書き込まれており、この情報量を本に換算すると、千ページの本が千冊分という膨大なものになります。これほどさくさんの情報を持った遺伝子情報が書き込まれている
さらに驚きなことはDNAの微細さで、地球上に住んでいる60億人分のDNAすべてを合わせてみても、たった米粒一個の重さにしかならないというのです。
しかも、これほど微細なスペースの中に、恐ろしく膨大な情報が何の狂いもなく理路整然と書き込まれいている上に、地球上に存在している生物すべてが同じ四つの文字からなる遺伝子暗号によって生かされている。

このことを考えるとまったく奇跡というべきで、何らかの偶然で自然に出来上がったものとは考えにくい。人間の想像をはるかに越えた、宇宙全体をつかさどっている「何か偉大なもの」の存在を想定しないと説明がつかない。

そういう存在を村上先生は「サムシング・グレート」と名づけたのです。


サムシング・グレート、それは何ものであるかわからないが、宇宙や生命を作り出した偉大な存在のことです。人によってはそれを神といい、私はそれを大自然の神々とか、宇宙の流れとか意志と呼んでいます。
こうした偉大な「何か」が存在していることは、私自身の今までの経験の中でも感じていますし、肯定されるべきだと思います。

そうでないかぎり、この宇宙の生成発展や、生命の神秘的かつ精緻な仕組みを説明することはできないのです。

私はロミロミを施術する際に、この何か偉大な力の源と繋がり私の体を通して掌から伝えています。

ロミロミを施術した方から必ず、「モアナさんの手は温かいですね。」と言われるのですが、それはきっと、この見えざる何か偉大な力が伝わっているということに間違いないのです。


※参考文献 稲森和夫著『生き方』

11.05.2008

サンドハートで瞑想


海に行くのは日課です。
ちょっと早起きした朝は、朝食のマフィンとコーヒーを持って行ったり、夕方帰り道にちょっと立ち寄ってビーチでぼけーっとして夕陽を眺めたり。自然と対話する大切な時間。
ビーチでは、良く友だちにもバッタリ会ったり、知らない人とでも気軽に話すこともあります。笑
そんなお気楽なところもハワイならではですね。

たとえ板は持っていなくても、必ず水着とタオルだけは車に積んであっていつどんなことがあっても海に入れるような準備でいます。

彼の車で初めてデートに行ったのも、ビーチ。
特に行くあてもなくって、どこにいくんだろう?と思って普通の支度をして車に乗ったら・・・


「どうしてタオル持って来ないの?水着とタオルはいつも持ってないとダメだよ。ハワイはいたる所にビーチがあるんだから。」



と、笑っていました。


見知らぬビーチを見つけた時でも、どこでもすぐに立ち寄れるようにということなんでしょう。


日本に住んでいたときは、サーフィンに行く時でさえ荷物を作るのにひと苦労でした。
サーフスポットにはシャワーなんてありませんから、水、真冬には熱湯をポリタンクに詰め・・・思いポリタンを車に積んで、ウェットを積んで、板を積んで・・・

仕度が終わる時にはふぅ〜。。。


という感じでした。
ハワイでは、水着を着て、タオルと板を積んで、車に飛び乗り、ぴゅーっと。その間、所要時間5分。
そして、海に飛び込む!
帰りも砂を払いのけて水着のまま車に乗ってぴゅーっと帰ります。

ぴゅーっと。笑

思いたった時にすぐそばに海があって気楽に行けることが私にとって何よりもホッとします。


ハワイの男の子たちはいつも上半身裸でサーフパンツ。
いつでも海に行けるような格好でスリッパでどこにでも行けるのも、ハワイならではのロコスタイル。

そんな気楽な感じが、忙しい都会の生活から旅行に来た時にのんびり出来るハワイの良さなんですよね。


ハワイでも、波が良くないときもあります。
そんな時は、砂に絵を書いたてみたり遊んでみたり、砂浜に落ちている貝やガラスの欠片を集めています。

集めた貝やガラス片は、フォトルレームやタペストリーを作るのに使っています。
貝は私の財産です。

どこからともなく流れてきた貝殻や波に削られて丸くなったガラスの欠片を並べていると、また砂浜の光景が蘇って来ます。

リボンレイやハワイアンキルトなど(旧ブログ参照ください)も、瞑想でありセラピーだといいますが、これも私にとっては瞑想法のひとつ。


好きなことに没頭する。

簡単に出来る瞑想法です。

たくさん出来上がってる作品をどうしようかなと思案中です。笑

11.04.2008

前世は従軍医師かナイチンゲール?

実は私、昔、歯科衛生士でした。

高校卒業後の進路を決める際、4年制の大学へ行って普通のOLになってオフィスで働く、という自分の姿がイメージ出来ず。。。


そして・・・


"ナースキャップをかぶりたい!"


という安易で単純な理由で看護婦(当時は看護婦と言っていました。)になりたいと思いました。
看護学校の受験科目は、理数系。
でも、私は高校時代文系クラスを取っていたので、数学や科学、物理といった理数系科目の受験は結構難しいものがあり、英語、国語、の文系の2科目で受験出来る某短期大学の歯科衛生科を受験しました。

ナースキャップをかぶりたいばっかりに・・・。笑

その頃の私は、ドンキホーテでコスプレの衣装が買えるなんてことは知らなかったので・・・
とっても純でしたね。笑

あの頃、もしもドンキがあったら、歯科衛生士にはなっていなかったのだろうか?笑
なんて。



なにはともあれ、めでたく歯科衛生科に合格し、歯科衛生士の国家資格を取り、東京の歯科医院で働き始めました。
キャリア10年以上の先輩衛生士とドクターの、3人だけの小さな歯科医院でした。
院長はペリオといわれる歯周病治療専門の歯科医師で、歯周病の外科手術なども頻繁に行なっていました。

衛生士としての技術向上や経験の場としては素晴らしい環境だったのですが、毎日が3人だけの閉鎖的な世界で、若かった私にはだんだんと、もっと世間一般の社会を知らなくては・・・という思いが芽生え始めていました。
そして、就職して2年ほど経ったそんな時、突然転職の話が舞い込みました。

一般企業の医療機器を扱う会社の営業事務の仕事でした。
まったく違う職種でしたが、医療系ということで採用してもらい新しい環境で働き始めました。
それが私にとっての、一般社会での社会勉強の始まり。
ですが、20代の頃の私は、どんなことも今しか経験できない!なんでもしたい!という思いが強くて、25歳の時、オーストラリアへワーキングホリデーに行きました。
当時、ビザを取得出来る年齢制限が25歳までとリミットがあったので、25歳になる寸前に会社を辞め飛び立ってしまいました。
今思えば、ものすごい勢いでしたね。笑


帰国後、縁あって、酒類メーカー、出版社、そして広告代理店と渡り歩き、様々な仕事を夢中でこなしました。

とりとめの無いような転職に思われがちですが、私の中で共通しているのは、世の中へ何かを伝え送り出すということ。
それを何より求めていて、楽しくて仕事を選んでいたように思います。


正直に言うと、高校卒業後の進路を決める際にOLになりたくないな〜という思いがあったので、会社員時代には、


「あれれ?なんで今私はオフィスワークしてるんだろう?」


という疑問がたまにフッて湧いたりしていました。

でも、今、ハワイでロミロミに出会いスピリチュアルな感覚が目覚めてくるとともに、いつの間にかマッサージセラピストのライセンスを取っている自分と、今までの経験がすべて意味のあるものだったのだと繋がった時、目の前の仕事にやりがいを感じ、これからの自分の使命が分かりました。


高校卒業後の進路は、



”ナースキャップをかぶりたい!”


という安易で単純な理由でしたが、私は、歯科衛生士の学校で、マッサージの際に最も必要な解剖学、生理学、薬理学などなど・・・

例えば、病理学では細菌とウィルスの違いとか、清潔と不潔の違いとか、インフォームドコンセントなどなど・・・
基礎的な医学的知識を、あの時すでに学んでいたのです。


歯科衛生士の仕事を離れてから後、10年ほど企業で働きました。
当時「なんで?」と思いながらも働いていたその時の経験は、今、いろいろな人にロミロミの素晴らしさを伝えることに役立っています。


そう考えると、私がハワイで偶然ロミロミに出会ってしまったのにも大きな意味があると感じざるを得なく、そしてこれこそが、これからの自分の使命のような気がしてなりません。



そして・・・



ロミロミに出会い、スピリチュアルな感覚が目覚め出したとたん、今まで感じなかったことや目に見えなかったことが見えるようになって、自分の魂の前世の記憶も蘇ってきました。


子供の頃、良くお医者さんごっこをした記憶があります。
けれど、良く子供にありがちな内科的な診察ごっこではなく、私はたいてい救急箱を取り出して、ありもしない傷の消毒をしては包帯やガーゼを巻いてみたり、三角巾を使いこなして骨折の手当をしてみたり、と、そんな具合でした。
他にも、解剖図鑑が大好きで図書館に行っては、ずーっと眺めていたり、当時近所に新しく出来た大学病院の中を探険したりと。
病院の中を遊び場にしている子供って変ですよね。笑


衛生士学校時代に大学病院へ実習に行った際に、初めて目にする血まみれでグロテスクな外科手術の光景を見た時も、まったく初めてのような気がしなくて、気持ち悪いとも思わずむしろ興味津々でした。
傷や血を見るのは昔から全然平気だったんですね。



ソウルメイトと思われる彼との運命的な出会いにも、前世の繋がりを感じています。

前世は何度もありますから、そのうちのひとつなのですが、彼との繋がりで私に見えるのは、戦地での粗末な施設で、次々と運ばれてくる傷付いた人たちの手当てをしている戦場のような場所。
彼は、そこの医師でともに働いていた仲間のような気がします。

私の前世がナイチンゲール自身だったのかどうかは分りません。
医師だったのか、看護士だったのかどちらかも分りませんが、戦場で傷付いた人たちを助けていた前世があるとしたら、私が子供の頃、良く救急箱を取り出しては傷の手当をしてみたり、病院の中で遊んでいたというのも頷けますし、無性にナースキャップがかぶりたかったことも頷けます。


私がやっていきたいと思うロミロミの姿は、スピリチュアルなエネルギーワークのマッサージだけでなく、癒しを与えるだけの"ヒーリリング" だけでもありません。

法律的にマッサージセラピストが "治療行為" を行なうことは出来ませんが、ホリスティックなと治療と言えるようなロミロミをしていきたいと思っています。

それは、昔ながらの町医者の先生のように、いつでもどんな時でも診てあげることの出来る環境作りや、患者さんがどんなことでも話せる信頼関係の構築、かつての古代のカフナたちが行なっていたようなトータル的なロミロミが出来ることが理想です。


私はマッサージセラピストですから、治療と呼ばれる行為は出来ませんが、かつての古代のカフナ達がそうであったように "医師の役目" があるということを心に置いて、あらゆる役目を果すべく患者さんと接していきたいと思っています。

そして授かったMoanaという名前に負けないよう、いつも心に愛を持ち、どんなことも受け入れられる深い海のような大きな心の持ち主でいられるよう努力していきたいです。

11.03.2008

いろいろな形

我が家の玄関にあるポトスです。

この植木、すごい強いんですよね。
相棒が大切に育ててくれているので、我が家の目印のように、そして守り神(?)のように元気にぐんぐん伸びていきます。


先日、山に草木をもらいに行きました。


大木に絡まる大きな葉っぱがあって、
何だろうこれ?と思って良く見てみると・・・

この植木と同じポトス。
でも、植木鉢じゃなく野生の大自然の山の中で育ったポトスの葉っぱは信じられないくらい大きく、ひっくり返るくらい驚きました。



この違い、分りますか?
下の小さな葉っぱが、我が家のポトス。
大きいのが、山からもらってきたポトスです。
驚異的な大きさでしょ。笑


ハワイの山の木々や葉っぱは驚くほど大きいです。

大自然のマナの恵みでとてつもなく大きく成長しています。



先日、日本へ帰った時、母がモンステラの植木を大事に育てていました。
でも、私がいつも山で見ているモンステラとは、形も大きさもまったく違うものでした。


「ねぇママ、ハワイの山にあるモンステラはこんな形じゃないんだよ。」

「あら、そうなの?こういう形だと思ってたわ。」
「ハワイの山に本物を見にいかないとね。」

いつか母に、ハワイの山にあるモンステラを見せてあげたいな〜と思いました。


気候も育ててる環境も違うから、違って当たり前なのです。
いろいろな形があるから素晴らしくて、いろいろな形があって良いのです。

山々の大自然の恵みを目一杯浴びた巨大な木々も、母の家の小さなモンステラも、我が家の小さなポトスの植木鉢もともに大切なもの。
大切なことは、"違う"ということを受け入れ愛でてあげる気持ち。

人間にも置き換えられますよね。
世界中には、肌の色髪の色目の色が違う様々な人がいます。
育って来た環境や文化や習慣の違いでみんなそれぞれにいろいろな価値観を持っています。

みんなそれぞれに違うから素晴らしいのです。
大切なことは、"違う"ということを受け入れお互いに尊敬し合う気持ち。


ハワイといえば、ワイキキや青い海のイメージが強いですが、実は山がとんでもなく素晴らしいです。
ハワイの山へ入ったことのない方、ぜひ山へハイキングへ行ってみてください。
そして、ハワイの山の壮大で偉大なエネルギーを感じてみてくださいね。

11.02.2008

サーフィン


写真は、ライフガードのKevin.
とっても気の良いお兄さん♪
Kevinにはワイキキからちょっと離れたカイマナビーチに行くと会えますよ〜♪

ハワイは昨日がハロウィンでした。
ワイキキでSurf Festがあると友人に誘われて行ってみました。
それぞれが、いろいろなコスチュームを来てサーフィンしているのは結構面白かったです。
板を持って海に行かなかったのでビーチから見ていました。
そうしたら、「どうしてやらないの?」と半ば強引に海へ・・・。笑
こんなことなら最初から用意してくれば良かった・・・笑
だけど、やっぱり海は楽しいっ!


サーフィンは私にとってすでにスポーツではなくなって、自然との一体感を感じる瞑想のようなもの。スピリチュアルクレンジングのような心と身体のデトックス。
そして、人生そのもの。

目の前に迫る大波を恐怖にも似た思いで越え、沖の波待ちポジションまで出ると今までの荒波が嘘のように平穏な海が待っています。

波待ちをして、良い波が来るのをひたすらジッーと待って、良い波が来たら周りの人に負けないよう逃さず乗る!
同じ波は二度と来ないから。

波をキャッチ出来たとしても、テイクオフでもしも失敗したら、波に巻かれて海の底へと引きずり込まれ、最悪の場合、岩に当たって怪我をするかも知れない。やっと水面に出て息が吸えたと思ったら、また次の大波が頭の上から落ちてきてまた海の底へ・・・。
だけど、恐怖心をはね除けて思い切って立ち上がりうまくメイク出来た時には、最高のエクスタシーが待っています。

なんか、私たちの人生に似ていませんか?

私の生き方の原点は18歳の時に始めたサーフィンから教わったことがベースになっていると言っても過言ではありません。

始めたころは、いつかあの大きな波に乗れるようになりたい!という思いで、ただひたすら練習、練習、練習。
ひたすら練習でした。
自然との一体感を感じる余裕もなく・・・。

ある程度乗れるようになって、いろいろな海に入り地形や気象条件で違ういろいろな波を知りました。

ロミロミを始めてから、過去の経験とスピリチュアルなこと、周りにいる人と自分の身の周りで起こる状況など、いろいろなことが繋がり私の価値観のベースになっているもの、それは、この海から教わったことや海を通して出会った多くの人たち、そこから学んだことが大きく作用していると気付きました。

世界中から有名なサーファーが集まるサーファーの聖地と呼ばれるノースショアの海に初めて入った時・・・
Wahiawaのパイナップル畑を海から見て、すごく感動したのを良く覚えています。

誰をも受け入れてはくれない冬のノースショアの海に入れて、がんばった人にだけもらえるご褒美のような。。。
そんな気がして、嬉しくて嬉しくて・・・

"この水面にキスしたい!" と思って、水面にキスしました。笑


パドルアウトアウトで沖に出るまでの間は、見たこともない3階建てくらいの壁のような大波が迫って・・・


今まで感じたことのない恐怖を感じて、無事に生きて砂浜へ戻れた時には、砂浜に抱きついてキスしたい!とさえ思いました。
ロミロミを始めて、これこそが大自然と繋がり大自然の偉大さに感謝するという感情なのだと、言葉や文字で聞いていたことと自分の経験が繋がって理解ができたのです。


「スピリチュアル」なことは、決して神頼みのようにすがったら助けてくれるというものではありません。
宿命というファウンデーションに運命というデコレーションをし夢を現実にする力は、日々の努力と心の在り方、そして自分自身の考え方の積み重ね・・・

私は、その方程式に気付いた時、目の前にある仕事にやりがいを感じ周りにいる人や、目に見えないものに対してリスペクトし、感謝する気持ちが芽生えました。

同じ海でも、季節や、気象条件、月の満ち欠けや潮の満ち引きの時間帯によってもまったく姿を変える波。
サーフィンを通して学んだこと、これこそ、大自然の神秘や一体感、そして宇宙の存在を感じさせてくれていた、私にとっての大きな財産です。

11.01.2008

サンライズ




古代のハワイアンは、海から昇る朝日の向こうには先祖の霊たちと繋がる扉があるといい、海から昇る朝日に向かいチャントを唱え、先祖の霊たちに感謝をしていました。


初めてその話を聞いた時、正直、ふ〜ん。。。
というような感じでしたが、この美しい海から昇る朝日をいつも見ていると、あまりの美しさに本当にそんな扉があるように感じてきます。
私たちが今ここに存在している、その意味を教えてくれるような・・・


毎日、毎日、毎日・・・。

どんなことがあっても太陽は昇りまた沈み、次の日も同じように昇る。


宇宙と繋がったあの扉の向こうに、会いたい人がいる。
会いたい人に会える場所。
そんな場所のような気がします。